2019年07月19日

友人との付き合い方のいろいろ

気心の知れた幼馴染同士の付き合い方にも人それぞれのやり方がある。
イベントが有ると来てくれて、有り難いことも多い。
そんな友人とは話をする時間は大事にしたい。
お互いの相性が合うかどうかは別だが、気心がしれている点で話は弾む。
気楽にが話をしたいというのは、人恋しい世代だからなのかもしれない。

バンド仲間も気心が知れて話は弾むのだが、人の生き方はそれぞれだなぁと感じる。
職業も暮らしも家族も異なるから、それぞれの思いで話をする。
共通の話題は音楽が中心だが、すぐに脱線して自分の知っている話をしだす。
高齢になると話たい事が多くなるということかもしれない。
子供がいる人、子供がいない人もいる中で子供の話はしにくい。
今では病気の話題が一番関心が高いようだ。
posted by shim at 23:28| ごきげん

2019年07月18日

ハーモニー、サイドギターなど

ハーモニーの音声は、音程とリズムと強弱の三要素が絶妙に描かれなければいけない。
その場のボーカルの調子によって、曲想の展開によって、ハーモニーを変化させる。
そこに正解はなく、アートとしての極まりを高めることに集中する。
ライブでは、演奏におけるノリが重要な要素だ。
そのノリに合わせてハーモニーを付けられるとよい。

サイドギターの音量、リズム、ストローク、ピッキングなどはかなり難しい。
技術が伴わないときれいな音が出てこない。
荒っぽさや気分での弾き方が出てしまうと台無しになる。
そこには性格がでる。
posted by shim at 00:00| ごきげん

2019年07月17日

旅行のビデオ記録の良し悪し

前回の旅行はデジタルカメラで写真を撮ったのだが、今回の旅行ではビデオを撮ることに挑戦した。
デジカメの写真は画像としてグーグルフォトにすべてアップして、アルバムのタイトルを付けて保存してある。
クラウドなのでどこからでも撮りためた写真を見ることができて便利だ。

ところが、ビデオ録画したデータは何ギガにもなり、観るためには、まとめ編集してDVDに書き出す必要がある。ビデオを保存するには、訪問地別にDVDディスク単位で保存するしかない。
思い切って、YouTubeにあげて保存する方法もあるのだが、大丈夫だろうか?

MACでの編集作業には、iMovieというアプリを使用する。
カメラの細切れのビデオデータを編集して、タイトルを入れて、ある長さにまとめるのだ。この作業には30分のビデオをつくるのに、一時間半以上かかる。全部をDVDにまとめるには9時間くらいPCにつきっきりで作業しなくてはならない。この手間が大変な労力だ。

できたビデオを観ると、やはり旅行中の臨場感が伝わって、忘れていた観光ポイントを思い出せる。
苦労するだけの価値はあると思うが、大変な作業なので、次もやるかといわれると??だ。
posted by shim at 20:19| ごきげん

2019年07月16日

「知らない曲」に対するライブバンドと観客の思い

バンドライブを聴くときに、来てもらった観客が「知らない曲」である場合、それを聴いて興味を持って楽しいと感じる人と、興味が無くつまらないと感じる人がいる。
「知らない曲」についてどのように興味を持ってもらうか、曲目の紹介の仕方によっても観客の反応は変わる。

当たり前のように曲名を言って曲を演奏しても、興味がなく、つまらないという反応になってしまう。
この曲にはどのような意味が込められていて、どんな人が作った曲なのかなどを紹介し、自分たちはどんな気持ちで演奏するのか、紹介をすることで興味を持ってもらえるかもしれない。

ライブは、客と一緒に時を過ごす場であるから、理解してもらえるよう振る舞いたいものだ。
聴いたら良い曲で、頭に残ることもある。
バンドと客の一体感はそんなプロセスから生まれてくるのだろう。
posted by shim at 12:03| ごきげん

2019年07月15日

世界のトップ8人の総資産4268億ドルは底辺の36億人の総資産に匹敵する

世界人口は74.3億人いる中で、こんな事が起きているそうだ。
GAFAと呼ばれる巨大企業の総資産は、ドイツのGDPを超えたと言う。(GAFA:Google、Apple、Facebook、Amazon)
現代ではニューテクノロジーの覇者が一人勝ちする構図となっている。
利益だけを追求する企業。
貨幣の量の格差が広がることで、世の中全体の資本バランスが崩れてしまう。
このままでは資本主義が崩壊するとまで言われる。
社会を維持するためには、利益を一人勝ちしてはいけないと制限する何らかのルールが必要になってくるのではないか?
欲望が欲望を生むのが貨幣社会だ。
人間の内面の価値に目を向けることが望まれる。
posted by shim at 12:32| ごきげん

2019年07月14日

素晴らしい荒川フラフェスティバル

荒川区のフラの祭典となっているフラフェスティバルは13年目の開催だそうだ。
10のフラハラウの生徒が舞台でダンスを披露する。
CD音源を流して踊るのだが、舞台音響が良く、低音のベースもよく聞こえる。
照明もきちんとしているので、美しい衣装が映える背景色が照らされる。
高齢者のチームから子供フラのチームまで一生懸命踊りを披露するので上手い下手を言うのは野暮だと思った。
観客は踊り手の関係者がほとんどだが、出演者や関係者が何百人も来るので観客席が埋まっている。

昨年と今年と見に行ったが、特に今年のプロバンドの演奏は素晴らしかった。
ベースとギターのテクニックは素晴らしく、ボーカルの喉がハワイ人並みに太ければ最高だったと感じたが日本人だから無理だ。それでもとても良いサウンドでの演奏で刺激になった。

フラのショーとしての舞台演出にカネフラを織り交ぜるなど素晴らしく、長丁場を感じさせなかった。
posted by shim at 21:30| ごきげん

2019年07月13日

日本のハワイアンブーム全盛期の頃、バンドマンが足りなかったそうだ

日本のハワイアンの昔をよく知る人に話を聞くと、
昭和30年代のハワイアンブーム全盛期には、都心にハワイアンのライブハウスがたくさんあって、
有名なバンドだけでなく、素人に毛が生えた程度のバンドにも演奏の仕事があったらしい。
バンドマンが足りず、演奏者の引き抜き合戦が繰り返されていたそうだ。
複数のバンドにメンバーとして写真が載る人も多かったという。

ハワイアンが下火になると、有名なハワイアンバンドの演奏者も食べていくのが大変になって、
バンドを解散しなければならなくなったそうだ。
その後ハワイアンのライブハウスを経営する演奏者もいたが、あまり成功した人はいないようだ。
今では、プロでも食べるのは難しいほど下火になってしまった。

おそらく日本のハワイアンブーム全盛期は、1955 - 1965年頃ということになる。
今から、64 - 54年前のことだ。その頃、18歳だった人でも今や、82 - 72歳だ。
ハワイアンブームの全盛期を知っている人は、72 - 90歳くらいの人ということになる。
残念なことに、自分が11歳くらいまでの出来事なので対象外だったわけだ。

(参考)
・バッキー白片が、1945年(昭和20年)にアロハ・ハワイアンズを結成。
・大橋節夫が、1951年(昭和26年)にハニーアイランダースを結成。
・白石信が、1962年(昭和37年)にナレオ・ハワイアンズを結成。
posted by shim at 20:48| ごきげん

2019年07月12日

一点にフォーカスしないと深く追求することはできない

集中して取り組めば探求できるはず。
理想を考えてみると、
芸術家はそれを仕事として取り組んでいる。
その創作の時間は一日の殆どを占める。

つまり一点にフォーカスして深く追求しているのだ。

追求することがある人とない人がいるし、時間の使い方はその人の自由だ。
手広くいろんなことに手を出して楽しむ時間を増やす人もいるが、自分には苦手だ。
一日何をして過ごすのかを決められないで、その場の成り行きで過ごしているのは自分も同じ。

高齢者に残された時間を考えると、集中することは必要なことだ。
posted by shim at 19:47| ごきげん

2019年07月11日

広げるのか?趣味の世界

音楽の趣味の世界でも、音楽ジャンルごとの複数バンド、イベント活動、演奏お手伝い、レッスン、音楽制作などいくらでも広がってしまう。
知り合いから手伝っての声がかかったり、演奏が上手い人の音楽を聞いたりすると、興味が広がってしまうのだが、どこまで広げるかを絞り込んでいく必要があると感じるようになった。
できれば一点に絞り深掘りすることが理想だと思える。

今できることは、活動内容ごとに範囲を決めておくとよいのではないか?
・レッスンは月に6回まで
・演奏支援は月に2回まで(事前練習は月に各2回まで)
・イベント・バンド活動は月に3回まで
こう決めてみても、月に15日にもなる。ちょっと多いかな、、
残りの日は、プライベートの外出、音楽制作や練習にあてる。

これ以上、社会活動を増やすと、心に余裕がなくなってストレスが溜まってしまう。
社会活動とは、公共のバンド仲間・生徒との活動。
プライベートは、夫婦二人の生活ということ。

公共の活動は、多様な意見の集約、適度の距離感、地位肩書の除外のうえに成り立つ。
やはり、約束事が増えてストレスを伴う。
プライベートなら気楽な生活ができるので、将来は、社会活動をもっと減らしていくことになるだろう。
posted by shim at 14:48| ごきげん

2019年07月10日

やはりヨーロッパから帰ると昼夜が逆転する

ヨーロッパに着いたときは、ほとんど時差ボケが起きなかった。
ところが、帰った来たら完全に昼夜が逆転した時差ボケになった。
眠いのを我慢して0時に寝ても、3時に目覚めて眠れなくなる。
梅雨時は太陽を浴びることができないので回復が遅いのだろう。
3日目だが、直らない。
勤め人ではないから、身体も精神もなまっている。
家内のように、料理でも、掃除でも、買い物でも、体を動かして働くことがいいのかも、、


posted by shim at 00:00| ごきげん

2019年07月09日

生きているということは、気付きの連続なのかも

少年の頃は、たくさん興味を持っていた。良い事にも悪い事にも、わからないことだらけの中で、少しずつわかり、気付き、また興味の対象が変わっていく。成人し就職してからも、興味の対象が仕事になったり、趣味であったり、ずっとその「気づき」という意識の連続だ。
気付かないまま過ぎた時間もある。と言うより、圧倒的に気づいていないことがほとんどを占めて生きてきた,
自分の興味の対象を意識して,少しでも気付きが残るように生きていけたらいいなぁ、と思う。
何百年もかけて造られた建造物を見ていると、たった1個の彫像に一生の命を注いだ人がいたはず、と感じる。その作品が今も残り、後世の多くの人に思いを伝えている。昔から人は凄いことを成し遂げてきた、ことを突きつけられた。

自分の生きたなかでは、夫婦が子供を成人させ、世に残せたということは凄いことなのだと気づく。これが叶わない方もいらっしゃる。
自分にはこれ以上に偉大なことは生涯成し遂げることなどできない。
あとは、夫婦でチッポケな気づきの毎日を続ければよいではないか。
posted by shim at 03:38| ごきげん

2019年07月08日

フランクフルトから羽田へ

フランクフルトを発つ日が日曜日だったのでホテルをチェックアウトして、スーツケースを預け、時間になるまで散策に出た。まず向かうのはシュテーデル美術館だった。ところが目当てのフェルメールの絵はなくて、イタリアから10月に戻るのだそうだ、残念。
次にトラムを一駅乗ってゲーテハウスに向かう。詩人ゲーテはお金持ちで裕福に暮らしていた。はじめて本を出版したことも頷ける。
ここからトラムを一駅のって昨日も入った大聖堂ヘ、荘厳な建造物と彫像の見事さに人の力の偉大さを感じずに居られない。
日曜日はすべてのドイツの店が閉店し、観光客はショッピングを楽しむことはできない。偶々見つけた中華料理店が開いていて、空芯菜炒めと牛肉焼きそばで昼食にした。
ホテルで預けたスーツケースを受けとって、中央駅の地下鉄103番で空港へ、乗る時間は15分、3つ目が空港駅だ。
フランクフルト空港のANAのカウンターでは浴衣姿の女性スタッフが笑顔で迎えてくれた。今日は七夕か、カラフルな短冊を手渡してくれて願い事を書く「また二人で海外旅行へ行けますように」出発ゲートの竹に吊るしてくれた。
帰りの便は窓側二人席で気兼ねなく眠りにつき、11時間のフライトが早く感じた。
羽田空港からバスで北千住へは、重いビール土産があってもとても便利に帰れた。
posted by shim at 22:56| ごきげん

2019年07月07日

フランクフルト歩き

いよいよこの旅の〆のフランクフルトを観光した。中央駅の近くのホテルに泊まったので、駅の回りにある中華レストランが目をひいた。
選んだ中華レストランで青菜炒めとチャーハンととうふ蟹炒めとビールを頼む。毎日のパン食に飽きていたのでリフレッシュできた。
明日はフランクフルトカードを買い、地下鉄やトラムに乗り放題なので大聖堂、美術館などを回ろうと思う。
日本に帰る飛行機は夜20:30発なので、今日の観光は一日得をした気分だ。

posted by shim at 22:03| ごきげん

2019年07月06日

ストラスブールからフランクフルトへ

昨夜モノポリで買ったパンとオレンジジュースとカップラーメンを朝食にした。アルザス料理は飽きて、ついにカップラーメンに手が出た。
鉄道チケットは日本のユーロレールで取ったが、このチケットは現地で変更がきかない。ストラスブールからフランクフルトのような国際列車は混み合って満席だったので、取ってきたのは正解だと思っている。
ただ、ストラスブールからコルマールのようなローカル線は現地で購入したほうがよい。

posted by shim at 16:24| ごきげん

コルマールからエギスハイムヘ

エギスハイムに行くため、コルマールからバスの時刻表も調べていたが、ちょうど良い10時頃の行きのバスはなく、帰りも14時〜15時は無かった。よって行き帰りともタクシーでと割り切って行った。時間に待つ無駄がなくて良かった。
ホテルをチェックアウトして、バックバックを駅に預ける必要があった。駅のインフォメーションで預かって欲しいと頼んだら、隣の自転車レンタルの店に行けと言われた。
タクシー乗り場の近くのその店に行くと2ユーロ/個で荷物預かりをしてくれた。
担し、昼休み12~14時、18時閉店とのことだった。エギスハイムへはタクシーで10分くらいで15ユーロ支払つた。
フランスで一番美しい村に選ばれた村と言われ、どこを切り取っても素敵な絵画になりそうな家並みが続いていた。
旅行者は、フランスのストラスブールに来たらコルマール、コルマールに来たらエギスハイムを見ないといけない。とても素敵な場所だ。
posted by shim at 01:59| ごきげん

2019年07月05日

リクヴィールへバスで

コルマールの駅のインフォメーションでリクヴィールへのバス106番のバス停の場所と、チケットはどこで買うのかを聞いた。駅を出て右に行く、ドライバーから買える、ことを教えてくれた。
11:10のバスに乗り、両側にブドウ畑が広がる道路を走り、30分ほどで到着。
美しい町並みに驚きながらゆっくり散策できた。小一時間で歩けてしまう小さなエリアだが、中世の家々と石畳に趣がありフランスの美しい村のひとつを堪能した。
posted by shim at 13:51| ごきげん

2019年07月04日

ストラスブールからコルマールヘ

ストラスブールのホテルをチェックアウトし、スーツケースを2日間預かってもらうよう依頼した。バックパッカーになってコルマールヘ向かう。
TGVのチケットは日本で購入してきたので気は楽だった。40分でコルマールヘ到着。明日のバス停を確認して.市内に向かう。
ホテルマレシャルの近くの橋が名所だった。メルヘンチックな風景を楽しんで、散策を続ける。サンマルタン教会に入り、美しいステンドグラスを眺めながらしばし休憩。
広場の屋外カフェの椅子に座ると、ウェイトレスはすかさず注文を受けに来る。ハムのサラダとスパゲッティで昼食を済ませる。
コルマールは小さなテーマパークのような街だ。ミニトラムが街中を走り回る。街中に木組みの家々が達ならぴ、ハウルの動く減のモデルになったプフィスタの家は独特な外観で観光客が囲んでいた。
ホテルマレシャルは女性が好みそうなメルヘンチックな木組みの造りのホテルだ。おじさんには似合わない。

posted by shim at 01:30| ごきげん

2019年07月03日

プチフランスを発見

GoogleMapで場所を特定するため地図上の写真を見まくった。ようやくそれらしき木組みの家々が佇む道路を発見。
24Hrチケットの残り時間があったので.近くまでトラムで移動し、散策を始めた。川が4つに分かれて橋が架かったあたり一帯に茶色と白のコントラストが特徴の美しい木組みの家々が建っている。
やっと発見したプチフランスはホテルから容易に歩ける距離だった。
旅のガイドにはプチフランスの場所が記載されていないのが残念に思った。
posted by shim at 15:47| ごきげん

ストラスブールの旧市街は都会

中心地に泊まったので当然かもしれないが、予想以上に都会だと感じた。
ホテルはトラムの停車駅から2分ほどの近さ.11時半にチェックインさせてもらい、すぐに街を歩く。
路地を曲がると突然ストラスブールのノートルダム大聖堂が現れる。荘厳さに圧倒された。人間にこんなものを作る力があるのかと呟いてしまうほど、この建築物は精緻に作られている。
その後、プチフランスを探し回ったが、見つけられず、スーパーがあったので昼食にパン、ハム、コーラなど仕入れてホテルに戻った。
駅からトラムに乗る時に24時間チケットを買ったので、トラムで移動し散策した。快晴で、気温は30度くらいで陽射しは強かった。街中に観光客は多い。
posted by shim at 04:05| ごきげん

2019年07月01日

旅行計画の難しさ

今日は日曜日、夕方には気温が37度になる予報のため、朝7:30からホテルを出て哲学者の道を歩いた。ホテルからビスマルクプラッツを経てネッカー川の橋を渡る。右に入る道に標識があってドイツ語の確認をしていたら御婦人がここからlkmほど坂道を登ると道が平坦になると親切に教えてくれた。
坂道はちょっときつかったが、快晴の日の午前に行ったのは正解だった。眺望は素晴らしく美しくカラーが統一された市街やハイデルベルク城を一望できた。日曜日はほぼ全ての店が閉店していて、観光客は行き場を失う。
日曜日は移動日にあてれぱ良かったことと、こんなに気温の高い時期を選んだことを少し反省した。

posted by shim at 22:55| ごきげん